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No.60
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ことの発端は、私がハンドクリームを出したことだった。手を洗ったあと、いつものようにハンドクリームを取り出して、塗ろうとした。それだけだった。私がハンドクリームを取り出したのを見ていたソーンズが、何を思ったのか「俺に塗らせてもらえないか」と言ってきたのだ。そう言われて特に断る理由もなかったので、ありがとう、とハンドクリームを差し出した。
ソーンズがそっと私の手を取った。今まで何度もソーンズと手を繋いできたはずなのに、こうして改めて真正面から手を触れられるとついドキドキしてしまう。
ソーンズはそんな私の様子を気に留めることもなく、チューブからハンドクリームを私の手の甲に出していく。
私の手の甲にハンドクリームを広げたあと、指の付け根から指先へと伸ばし始めた。一本一本丁寧に、同じ動作を繰り返していく。時折きゅっと指先や指の間に力を込められる。痛くもなく、弱くもなく、ちょうどいい力加減だ。マッサージをしてくれているのだろうか。
今まで、普通に繋いだことはあっても、こんなふうに手を擦られたり、指先を握られたりすることなんてなかった。今自分の手の上で起きている感覚はどれも初めての感覚で、心地いいような一方、照れくさくて恥ずかしい気持ちが私の中で混じり合っている。
その上、ソーンズがあまりにも丁寧に、優しく私の手を扱ってくれるものだから、驚きと嬉しさで私の頭はぐちゃぐちゃになりそうだった。
なんとか気持ちを落ち着けて、目の前の手を凝視した。すっと深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
それにしても、どうして急にあんなことを言い出したんだろう。そう思って、手元にむけていた視線をちらと上に移して、ソーンズの様子を伺った。
私の手の甲を見つめるソーンズの表情は、今までに見たことがないくらいに優しい表情だった。そして、心なしか嬉しそうに見えた。
「丁寧に塗ってくれるんだね」
「当然だ」
いつもみたいに、ちょっと呆れたような言い草だった。でも、その声色はいつもよりも数段優しい。
「エーギルにとっては、こうしたケアは絶対に欠かせないことだからな」
ソーンズの言う通りだった。エーギルは乾燥に弱い種族なのだ。気管支の調子は湿度に左右されるし、肌は乾燥しやすく、傷つきやすい。時に、乾燥が命に関わることさえある。
海から陸地へやってきた、その経歴ゆえなのだろうか。はじめてエーギルが陸地に上がって長い年月が経っているにも関わらず、エーギル人は今も乾燥への対策を余儀なくされている。
「だから、こうしてケアを任せてもらえて嬉しく思う」
「そ、そう……? 大袈裟じゃない?」
対策といえども、一般的にエーギル人が行っているのは、こうやって保湿用のクリームを塗って、乾燥を少しでも抑えることだ。今やほとんどのエーギル人にとって、ハンドクリームやボディクリームの使用は習慣となっているだろう。目の前にいる彼も含めて。
「俺にとっては、大袈裟なことじゃない。……それに」
全ての指にハンドクリームを塗り終えたソーンズは、私の両手を、彼の両手で包み込んだ。包み込まれた手から、ソーンズの温かさがじんわりと広がっていく。
「こうして、{NAME0}に長く触れていられるだろう?」
ソーンズがふっと微笑んだ。
その表情に、心臓がひときわ大きく跳ねた。
普段は顰めっ面が多いくせに時折こういうことをするから、彼には敵わないと思ってしまう。
ソーンズはしばらく私の手を包んだままでいたが、やがて私の手を解放した。
「ほら、これで終わりだ」
ソーンズの手が離れていく。温かさが失われていくのが名残惜しくて、思わずソーンズの片手を掴んでしまった。
「どうした、{NAME0}?」
「もうちょっとだけ、繋いでいたい……」
私の言葉に対して、ソーンズは何も言わずに私の左手を取ると、彼の右手の指を私の指に絡めてくれた。再びもたらされた彼の温かさに、安心感を覚える。
「ね、次のときは私がソーンズに塗ってもいい?」
「ああ。そのときは頼む」
視線を手から外し、顔をもう一度あげれば、またソーンズが笑っていた。そうして、彼の微笑みを見るたびに、この人のことがどうしようもなく好きだと、心の底から思うのだった。
20240501
#ソーンズ #夢主
#2024